犬の僧帽弁閉鎖不全症

正常な心臓では必ず一方通行で血液が流れており、弁という構造により逆流が防がれています。

 

心臓の左側では肺で酸素を受け取った血液はまず肺静脈という血管を通り左心房に戻り、左心房から僧帽弁を経て左心室に血液が流れ込みます。左心室に十分に血液がたまると左心室は収縮し大動脈側に血液を送り出そうとしますが、この時、僧帽弁はピッタリ閉じてきた道である左心房側へ血液が逆流することを防止します。

僧帽弁閉鎖不全症ではこの僧帽弁がうまく閉じなくなることにより、血液に逆流が起こり、血液がスムーズに心臓を通過できなくなります。すると、心臓からは血液がうまく全身へと流れなくなり、心臓やその前に位置する肺には少しずつ血液がたまることとなります。

 

<原因>

細菌によって起こる心内膜炎や他の心臓病から二次的に僧帽弁閉鎖不全症が起こる場合もありますが、僧帽弁周囲で粘液腫様変性という変化により、僧帽弁が腫れぼったく変性し僧帽弁を支える腱索が伸長、断裂することで起こる僧帽弁閉鎖不全症が一番多いとされています。どうしてこの変化が起こるかは解明されていませんが、遺伝的な要因が関わっていると推測されています。

<好発品種>

一般的には小型〜中型犬に多い傾向があり、10歳前後での発生が多いとされます。10歳以上になると小型犬の30%以上が罹患するともいわれています。好発犬種は国によって差がありますが、国内の報告ではキャバリア、チワワ、マルチーズ、シーズー、ポメラニアン、トイプードル、ヨークシャーテリアなどが好発犬種されています。

犬では最も多い心臓病とされ、犬の心臓病の75〜80%を占めるといわれています。猫では僧帽弁閉鎖不全症のような後天性の弁膜症は極めて稀です。

<症状>

症状は僧帽弁での血液の逆流により血流が滞ること(循環不全)で起こるものと、血液がたまって心臓が大きくなること(心拡大)で起こるものに分かれます。

逆流が重度になると心臓から全身に送る血液の量が減り、運動時に疲れやすくなったり(運動不耐性)、急激な悪化があった場合には失神したりします。また、渋滞を起こした血液が心臓だけでなく肺にまでたまるようになると肺の酸素を交換する場所に水として滲み出て、体に酸素を取り込むことができなくなり呼吸が苦しくなります(肺水腫)。

心臓が大きくなると心臓の上を走行する肺への空気の通り道である気管を圧迫し、それが刺激となって咳につながる場合があります。僧帽弁閉鎖不全症の好発犬種は気管虚脱などの呼吸器疾患も多く見られ、同じように咳を主訴とする事が多いため正確な鑑別が重要となります。

<治療>

僧帽弁閉鎖不全症の状態や症状によって治療が異なります。

僧帽弁逆流があっても心拡大がない状態であれば、治療の対象とならず定期的な検査が推奨されています。逆流が認められ、心拡大も存在する場合には無症状であっても治療対象となり進行抑制のため内服の継続が推奨されています。一般的には重症度が上がるにつれ、お薬の量や種類が増える場合が多いです。

呼吸困難など、重度の症状がみられる場合には入院下で心臓の機能を助けるような注射や点滴、酸素吸入などが必要になります。また、そうした治療に反応しない場合には、人工呼吸が必要になる場合もあります。

 

日本国内では僧帽弁閉鎖不全症に対して、外科治療による修復手術が行われています。

お薬による治療が進行抑制や症状の緩和などを目的としていることに対し、外科による治療ではより大きな改善を目的とし、成功した場合には内服は少なくなり(休薬できる場合も)、症状の消失が得られ、重度の状態であっても生命の危機を回避することができる場合があります。手術ができる術者・施設が限られていることや手術自体のリスクや費用などデメリットもあるので獣医師とご家族のコミュニケーションが重要となります。

 

<見通し>

この病気の進行の仕方は個体差が大きく、僧帽弁閉鎖不全症を確認後もしばらく変化のない場合も多くあります。しかし、近年の報告では逆流がありさらに心拡大もある症例で、肺水腫などの心不全症状起こるまでやそれに関連して亡くなってしまうまでの平均的な期間は766日でした(無治療の場合)。また、一度心不全を起こした症例ではさらに厳しく、亡くなるまでの平均的な期間は約9ヶ月と報告されています。

 

 

<予防>

残念ながらこの病気自体を予防することは現在できません。

発症前には好発年齢や好発犬種であった場合には1年ごと定期健診をお勧めします。

発症後はその子にあった治療を行うために、状態にあった頻度で検査をお勧めします。